倒産社長のちまちま株式投資日記

経営する会社を倒産させてしまった社長が少ない資金で株式投資をする日記

監督との出会い

仕事の取引先の下請け配達の帰りに母校へ寄って ノックの手伝いを
していた私ですが その取引先のY取締役の息子さんが母校の野球部に
在籍していたんです


私が 練習の手伝いをし始めたのと入れ替わりで 引退していたのですが
大学へ進学するときに その取締役に 息子さんは教育課程を
選んでないのですかと聞いた
僕の夢は 母校の野球部の監督は やはり学校の先生になってもらいたい
できれば 息子さんに教育課程を選んで 母校の先生になって監督を
してほしかった と言ったことがありました
(やはり 一般の方が報酬もなしに監督を続けるのは無理 いろいろ問題が
生じる)


そして それから4年がたち その取締役の息子さんが 大学を卒業する時                                                                                                                                                                                    
将来は高校野球の監督になりたい そのために就職先をさがしていると
うちへバイトにきていた 野球部OBのIが伝えに来た
私が大学へ進学するときに親父さんに言ったのを聞いていたのかも
しれません
                                                                                                                     


だったら うちで預かろうと
うちで仕事をしながら 教員になるための勉強もし なお且つ
私が行っていたのと入れ替わりで 母校のコーチとして練習の手伝いをする
ということを当時の監督に伝えてYを社員として迎えました


Yはその後 母校の監督となり そして約70年ぶりにセンバツに
夏の大会を含めても50年ぶりに 甲子園に導きます
ここまでは よかったんだけどなあ。。。。(笑)


それから いろいろあって いまはH高校の初代硬式野球部の
監督として迎えられ 子供達を指導しております
私も Yが母校の監督をしていた頃は 野球部OB会の副会長として
支えていたのですが OB会会長のあまりに独断ワンマンぶりに嫌気がさし
(今 スポーツ界で起こっていることと同じようなこと(笑))
副会長を辞任  そしてYがH高校に転勤したのと同時に
H高校を応援するようになったのです


母校を何十年かぶりに甲子園に導いた監督をあっさり 3年で追い出す
こんなOB会 学校 我が母校ながら本当に嫌になりました
結局OB会会長にとっては 自分自身の名誉のためにOB会があり
そして 甲子園に導いたYが疎ましくなったのでしょう


まあ そんな学校を出て今のH高校は 学校や後援会も一丸となって
野球部を支援していてくれますし
Yにとってはその方が良かったかもしれません
もちろん 私も。。。。(笑)