倒産社長のちまちま株式投資日記

会社を倒産させてしまった社長が少ない資金で投資しながら 日々思うことを書き綴る日記

人間万事塞翁が馬

じんかんばんじさいおうがうま。。。 ついこの間まで にんげんって
呼んでました(笑)
中国的に読むと じんかんになるらしいです
意味は まあわかりやすく言うと よいことはいつまでも続かない
でも 悪いことも いつまでも続かない
一喜一憂をしないこと って意味らしいです。。。(笑)


あまりの忙しさに 機械商社の薦めもあって思い切って2000万もする機械を
購入したのですが。。。。
このことわざの通りです
今となっては遅いですが このことわざの意味を知っておけばなあ と
つくづく思います 


機械を購入した 翌年からいちばんの受注先から仕事がなくなっていきました
私はこの注文がこの先 いつまでも続く 忙しいのが当たり前 って
思っていたんですよね
本当に 甘ちゃんです  経営者であれば最悪のことを常に考えなければ
ならないのに そんなことは全然考えてない
来た注文をこなしていくことしか 考えてなかったのです 


それも ちょうどバブルがはじけて 山一証券とかが倒産 廃業して
いった時代です
今考えれば なぜそのようなときに 過大な設備投資を決断したのか
わかりません


そのころは 零細企業とはいえ5人ほど従業員を雇っていたのもあって
そのあともがんばって営業をし 売り上げの確保につとめましたが
毎月の固定費が年々苦しめるようになり10年ほどたった頃から
支払いが毎月 少しずつ遅れるようになりました  
このままだと本当に倒産してしまうのでは  と毎晩思うようになり
寝汗でびっしょり ということがたびたびありました


誰に相談したらいいのか ましてや従業員に話すことなんて絶対に
できない。。。。
こういうとき 経営者は孤独やとつくづく思いました
今思えば 片腕となる番頭みたいなひとを作らなかったのも
あかんかったなあ と思います



そして その状態をみかねた母親の提案で 弟夫婦も含めて
家族会議をしました
(弟も会社経営をしていたので)
母親は 弟の会社と合併して 兄弟でこれからは やっていったら
どうか ということを話しました
弟夫婦は帳簿を預かって 精査してからもう一度家族会議を
しようと言って 帰りました


それから 約1週間ほどしてから 母親宅で会ったのですが
弟からは こんな負債額ではとても兄貴を雇えることはできないし
会社も一緒にできない と言われ 弟が国金の融資の連帯保証人に
なっているのもあって 弟の嫁に
ここでおなじ空気を吸ってるだけで気分が悪いわ! と罵倒されました
(連帯保証人は双方でなっていたのですが)


それを聞いた 母親は激怒して お父ちゃんの遺産は
ほとんど あんたらがもらったんやろ そんな言い方はないで!
(親父の会社を 弟が引き継いでいたので)
と 私をかばってくれたのですが でも そう言われても仕方ないです
このような過大な負債を抱えてしまったのですから


会社を整理した後 弟夫婦には少しづつ返済はしているのですが
弟夫婦とは 今でもほとんど会話がない状態が続いています
やはり 借金と言うのは人間関係 親戚関係を簡単に壊してしまう 
怖いものだとそれ以来ずーっと思っています